12月24日更新
「究極は、演じないで演じること」と緒形拳は語った
1.4メインの武藤vs棚橋戦はどんな色に染まるのか?

今回の武藤発言には挑発というよりも、可愛い後輩へ向けての、メッセージが込められていたように思う
21日に東京ドームシティーで行なわれた1.4東京ドーム公開調印式の席上、IWGP王者の武藤敬司はこう言って棚橋弘至を挑発したらしい。「もっと“さらけ出した棚橋”を見てみたい。お客様に媚を売るなら、攻撃してきてほしいですね」。対する挑戦者の棚橋は自らを「100年に1人の逸材」と称し、またまた微妙な空気を作り上げたという。
棚橋のナルシストキャラはそれはそれでおもしろいと思う。過去、ファンにまったく支持されることのなかった「愛してま〜す!」の決めゼリフにしても、メゲルことなく使い続けたことにより、いつの間にか認知されるようになったし、やはり継続は大切なこと。あの高田総統だって、最初の登場時にはドン引きされていたのだから。
ただ、今回の武藤発言には挑発というよりも、可愛い後輩へ向けての、「タナ、ちょっと違うんじゃねえか!」というメッセージが込められていたように思うのだ。
振り返ってみると、武藤というレスラーが本当の意味で業界の頂点に立ったのは99年8月のG1クライマックスである、というのが私の持論だ。IWGP王者でありながら膝の状態は最悪、そこへ中西、永田、天山、小島の第3世代が猛追をかけていた時代。最終日、傷だらけの武藤は小島、永田を連破してファイナルの中西戦へ進出した。1日=3連戦。最後は中西のアルゼンチン・バックブリーカーに力尽き敗れている。ボロボロになりながらも新時代の波を食い止めようと優勝戦のリングに立った武藤からは、神々しいものさえ感じたし、それ以降、私はテレビ解説などで武藤敬司を語るとき、「プロレスの神にもっとも近い男」という表現を使うようになった。レスラーとしての致命的な弱点、肉体的な衰え、素の姿をさらけ出したとき、武藤は本当の意味でスーパースターになり得たと思うのだ。
それ以降、武藤の言葉も変わってきた。何気ない会話の中で、たとえば私が「最近、ローリングエルボー(側転エルボー)が低いよねえ。ランジェリー武藤のほうが高くジャンプするよ(笑)」とか挑発すると、「しょうがねえじゃん。高く飛べないんだから。だけど、昔に比べて衰えたその俺の姿を見て、お客はまた哀愁とか何かを感じるわけで、それもプロレスじゃん!」と真顔で答える。衰えをさらすのもプロレスである。もはや何でもありなのだが、リング上のパフォーマンスでも、リング外の言葉でも素のまま本音を発信する武藤だからこそ、ファンも絶大な支持を送り続けるのだろう。
棚橋はいま必死に自分を演出して、そこに自分を同化させようともがいている段階なのかもしれない
一方の棚橋は、もともと抜群の受け身の上手さと、受けの凄みを身上とする男。小さな身体で攻撃を受けまくり、必死にカムバックしていく姿がファンのハートを捉えたのである。そこからのプラスαとして、棚橋は現在のナルシストキャラに目覚めたわけだが、これが全日本のチャンピオン・カーニバルでは見事にヒットした。アウェーの全日本でリック・フレアーばりのパフォーマンスを披露し、ブーイングを浴びるタナは最高に光っていた。
また、米国TNAマットでもナルシストキャは、じつにハマッている。これが一転して、ホームの新日本ではイマイチ観客に受け入れられない。たとえば、武藤も来場した12.7大阪では真壁刀義とシングル戦を行なっているが、会場は「真壁コール」に染まった。なにわのファン気質もあるのだろうが、実際この試合では真壁の色が勝っていた。また、23日の年内最終戦(後楽園ホール)のメイン(6人タッグ)でライガーと対峙した際も、会場は「ライガーコール」一色。挙げ句に、エンディングの挨拶で棚橋が1.4武藤戦への決意を語ろうとした瞬間、客席の女性ファンから「武藤に負けろ!」という声が飛んだ。さすがにKYというか不粋な野次なので、観客はブーイング、タナ支持に回ったが、これも現在の支持率を象徴する出来事。仮に、そこで「今の棚橋じゃ、武藤に勝てないぞ!」という野次が飛んだら、観客はどう反応したのだろうか? 棚橋はどう言葉をつないで切り返したのだろうか?
そこで最近、私は心に響く言葉を聞いた。生前の緒形拳さん(以下、敬称略)のインタビューの一部である。「究極はね、演じないで演じられる役者になれたらなって。他の役者さんたちから『あいつ、下手くそだなあ』って言われたら最高でしょうね」。聞いた瞬間、まさにプロレスという感覚にとらわれた。そういえば、緒形拳の遺作となった『風のガーデン』(フジテレビ系)でこんな場面があった。勘当した息子(中井貴一)と6年ぶりに富良野の森で再会し語り合うシーンなのだが、その9分間の収録はぶっつけ本番の一発OKだったという。もし、録画している人がいたらもう一度チェックしてみるといい。その間、奇跡も起こっている。緒形の肩にトンボがとまったのだ。とうに死を覚悟していたであろう緒形拳という役者の究極の姿が生んだ奇跡のシーンである。
「演じないで演じる」は武藤プロレスそのものだと思う。リング上にはすべてをさらけ出した武藤敬司がいる。棚橋はいま必死に自分を演出して、そこに自分を同化させようともがいている段階なのかもしれない。私は決して棚橋というレスラーを低く見ているわけではない。むしろ武藤とドームのメインで対峙したときに本当のタナの魅力、素の棚橋が見られるだろうという強い期待感を抱いている。だから、私が1.4のメインに期待するもの、重要視するものは、ベルトの行方より試合内容であり、ドームがどんな色に染まるかなのである。