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金沢“GK”克彦のこちらプロレス村役場ドットコム

1961年12月13日、北海道帯広市出身。青山学院大学卒業後、新大阪新聞社に入社。“I編集長”こと井上義啓氏のもとで『週刊ファイト』編集部でキャリアをスタート。その後、日本スポーツ出版社『週刊ゴング』編集部へ。99年から04年まで編集長を務める。05年に同社を退社。以後はフリーランスとして幅広く活躍中。テレビ朝日系『ワールドプロレスリング』やサムライTV等で解説を務めるほか、『kamipro』でも執筆。著書に『風になれ』(東邦出版)、『力説』(エンターブレイン)。通称GK(=ゴング金沢)。

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6月23日更新

超満員の大阪にカミカゼが吹いた!
三沢光晴は新日本にも存在していた


これだけ府立体育会館が埋まったのを見るのは、4〜5年ぶりのことかもしれない


新日本の6.20大阪府立体育会館大会は、まるでプロレス黄金期を思わせるような空気に包まれた。全10戦のラインナップは東京ドーム並みであって、4時間弱のロングラン興行。それでいて、試合内容が充実していたから、まったく飽きることがなかった。

試合スタート(午後5時)の20分前にIWGPタッグの調印式が行われたため、私はテレビ朝日『ワールドプロレスリング』の放送席に着いた。着席するなり、山崎一夫さんが、私を肘で突いて2階席の方を見るように促した。驚いた。2階席がギッシリと埋まっているのだ。アリーナは入場ゲート用に若干数、席を潰していたが、それでもイス席はかなり多いし、ほぼ埋まっている。

正直いって、これだけ府立体育会館が埋まったのを見るのは、4〜5年ぶりのことかもしれない。とくに、大阪はその風土そのままにカード編成ですべてが決まる。いい時代であっても、カードがイマイチであれば、お客がソッポを向いてしまうのだ。あとで、営業関係者に確認してみたところ、前売りはそこそこの線で、当日券が凄まじく売れたということだった。「この売れ方は、まるで90年代の全盛期のようでした」と驚いていた。

まず、第3試合のIWGPジュニアタッグ王座挑戦者決定戦(田口&デヴィットvsミラノ&タイチ)が凄まじいノンストップ・バトルとなり、会場を大爆発させた。あれだけ「ダメ出し」を食らってきたタイチが見事にキーパーソンとしての役割を果たしており、それがタイトルマッチ以上の内容につながったと評価したい。

休憩明けの第6試合には、6日前にGHC王者となったばかりの潮崎豪が新日本マット初登場。その前に、新日本Vsノアの対抗戦を煽るXが流れると、場内は異様な盛り上がりを見せた。新日本ファンにとっては、まだ見ぬ男である潮崎の存在。三沢の魂を受け継ぐ男であり、小橋の直弟子。ファンはみんなそれを知っている。ベルトを巻いて堂々と入場してきた潮崎を、新日ファンはブーイングで迎え入れた。煽りXでは大歓迎の姿勢を見せても、本人が現れるとブーイング。これでいいのだろう。これが本当の歓迎の証のように思えた。

相手は、将来を嘱望される若手ナンバー1の岡田かずちか。まだ21歳であるが、順調に伸びて行けば、3年以内にIWGP戦線に食い込んでくる可能性を秘めている男。実際のところ、両者ともキャリアは5年弱だから、同期といってもいい。しかし、やはり場数が違うし、背負っているものが違った。すべてにおいて、潮崎は一枚も二枚も上だった。気持ちが先走りすぎて途中でバテてしまった岡田を上手くリードしながら、小橋譲りの剛腕ラリアット2連発から、ゴ―フラッシャーで完勝した。

私の隣で、初めて潮崎の試合を観た山崎さんは、今度は私が肘で突くと、大きく頷きながらOKサインで応えた。「いい選手だ!」という意味である。その後、ガラリと空気が変わって、IWGPタッグ選手権ハードコアマッチ(チーム3Dvsバーナード&アンダーソン)へ突入。不思議な光景だった。外国人同士によるハードコアマッチは、まるで異次元の世界。しかし、文句なく面白かった。もしかしたら、チーム3Dによる日本でのベストマッチかもしれない。

この超満員の大阪大会を後押ししたのは、紛れもなく三沢さんの存在


スーパーヘビーの怪物決戦を受けて、再び対抗戦へ。先に入場してきた杉浦貴は相変わらずふてぶてしい。あとから大歓声を浴びて入場する後藤洋央紀に自ら拍手を送りながら待ちうける。その態度にファンから大ブーイング。すると、杉浦は「待ってました!」とばかりにニタリと笑う。本当に、杉浦は楽しそうだ。ゴングが待ち遠しくて仕方がないという感じに見える。じつは、事前の制作打ち合わせの際、潮崎と杉浦をどういう位置づけで表現すべきか、意見交換あった。

潮崎は、GHC王者とはいえ、まだファンに馴染みは薄い。そこで潮崎に関しては、「ノアの象徴を巻く新星」、「三沢の魂と小橋のすべてを受け継ぐ男」というような表現方法が妥当という感じになった。おもしろいのは、杉浦の場合。周知の通り、1.4ドームの対抗戦(中邑&後藤vs三沢&杉浦)以降、杉浦株は上昇の一途。新日本仕様の杉浦は、明らかにホームの試合とはスタイルを変えている。「もう『ノア最強の男』と言ってしまいましょう!」という意見も挙がった。私も異論はないのだが、そこは少しだけヒネリを加えておいた。本番で吉野真治アナに振られた際には、「ノア最強のヒットマン」と切り返しておいた。ノアに敬意を表して、少しばかりの気遣いをしたわけだ。

ただし、やはり杉浦は強かった。後藤とはピッタリと手が合う。後藤の変則的なロープワークについていくばかりか、反対に切り返しの妙技も披露。終盤、後藤の完璧な昇天を食らいながら、それをキックアウトしてオリンピック予選スラムの2連発で見事にピンを奪った。試合後もふてぶてしい態度を貫く杉浦。潮崎同様に、三沢光晴を失った悲しみをまったく感じさせない態度がいい。

そこで、突然リングサイドに駆け寄った男性ファンが、杉浦に向かって同日発売の『週刊プロレス』増刊号「三沢追悼特集」を前へかざした。それを見た杉浦はそちらの方へ向かって深々と一礼し、また胸を張って引き揚げていった。その直後、2階席のファンからいくつか野次が飛んだ。

「なにやってんだよ! 新日本」
「新日本、しっかりしろよ!」

新日ファンの怒りの声。これもまたひさしぶりに聞く。観客のボルテージも凄まじく高く、熱いのだ。メインのIWGP選手権(中西vs棚橋)には、その声を打ち消す内容が求められた。どちらが勝っても会場を爆発させる。そうでなければいけない。前回は、中西の17年目の奇跡に観客は熱狂し、後楽園ホールは「中西ランド」と化している。

これが凄まじい試合となった。まったくタイプが違うのに、噛み合ってしまうのだ。試合中盤で、中西は吠えまくり唸りまくる。これを放送席の目前でやられたからもう我慢の限界だった。山崎さん、私、柴田さんと解説陣が次々と吹き出して、ついに実況の吉野アナまで吹き出す始末。私などは音声を止めて咳こんでしまった。

誰もしゃベることができない、しばしの放送事故状態。放送席をここまで混乱させる男は、やはり中西しかいないだろう。試合のハイライトは、中西が見せた二度のアルゼンチン・バックブリーカ―。最初はトップロープからクロスボディを放った棚橋をガッチリと受け止め、そこからバーベルでも上げるように徐々に棚橋をリフトしてアルゼンチンに固めた。次は、ドラゴンスリーパーに固められたまま立ち上がり、またも荷物を運ぶようにアルゼンチンへ。もはや人間業ではなかった。それを空中で、スリングブレイドに切り返す棚橋。ここまで野人の凄味を引きだした男は、田中将斗以来といっていい。

気が付くと、30分を超える長期戦の末、棚橋が逆転勝利。そして、問題の試合後の光景。試合中は6対4で中西支持が上回っていたものの、ファンはしっかりと王者に返り咲いた棚橋を支持した。昨年12月、同じこの体育館で真壁と一騎打ちを行った際には、ブーイングを浴び続けていた男が、わずか半年でファンの絶大な信頼を得ていたのだ。

いやはや、凄まじい興行だった。そして、この超満員の大阪大会を後押ししたのは、紛れもなく三沢さんの存在。三沢さんが新日本にも風を吹かせたのだと思う。三沢光晴という希代の名レスラーが、試合中に亡くなった。プロレスとは何なのか? いまプロレスを見ないで、いつ見るのか? 大観衆の1人1人が様々な思いを胸に秘めながら、この会場に足を運んだのではないか。私はそう解釈している。