金沢“GK”克彦のこちらプロレス村役場ドットコム
1961年12月13日、北海道帯広市出身。青山学院大学卒業後、新大阪新聞社に入社。“I編集長”こと井上義啓氏のもとで『週刊ファイト』編集部でキャリアをスタート。その後、日本スポーツ出版社『週刊ゴング』編集部へ。99年から04年まで編集長を務める。05年に同社を退社。以後はフリーランスとして幅広く活躍中。テレビ朝日系『ワールドプロレスリング』やサムライTV等で解説を務めるほか、『kamipro』でも執筆。著書に『風になれ』(東邦出版)、『力説』(エンターブレイン)。通称GK(=ゴング金沢)。
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8月11日更新
8.9IGF有明大会のメインは不完全燃焼
『子殺し』ではなく『親離れ』を見せてほしい!
私の姿を見かけたIGF旗揚げからのスタッフは「『子殺し』の金沢さんじゃないですか!」と笑う
IGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)に対しては、個人的に「参りました!」という印象を持った。というのも、先月発売の私の書き下ろし作である『子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争』(宝島社)の内容は、98年の半ばから始まった新日本プロレスの迷走ぶり、混沌から暗黒期へと向かった歴史を描いたノンフィクションであり、そこで結論として浮かび上がったのは、「猪木が戦犯」であり、それがそのまま『子殺し』というタイトルになったわけだ。だから、さすがにこの本が出版された後には、「IGFも猪木さんも私のことを煙たく思うのだろうな」と腹を括っていた。
それに、なぜか私はIGF恒例の無料パンフレット(フリ―ペーパー)の大会展望をレギュラーで書かせてもらっている。これに関しても、「もう原稿依頼は来ないだろう」と思っていた。ところが、今回の8・9有明コロシアム大会(GENOME9)を前に、担当氏から普通にオファーが来た。そればかりか、
「まだカードが決まっていない状態(※原稿の締切時点で)ですし、せっかく『子殺し』という本を書いたんですから、それを引き合いに出してGKによるアントニオ猪木論をあらためて書いてくださいよ。その方が自然だし、ファンも興味を持って読んでくれるかと思うので」と言うのだ。その時点で「参りました!」である。同時に、この手の文章は私のもっとも得意とする分野であって、それを担当氏が理解してくれているということだ。
問題のパンフの中では、猪木側から見た『子殺し』ともいうべき原稿を書かせてもらった。つまり、「誰もがアントニオ猪木に憧れるが、誰もアントニオ猪木にはなれない」ということ。結論として、猪木自らが舞台設定してくれる、この贅沢なIGFというリングで、選手たちが『子殺し』ならぬ『親離れ』を見せなければ明日はないだろうという感じ。自分自身、矛盾しているとは決して思わない。それに、GENOME9の大会サブタイトルには「今がチャンスだ」と銘打たれてもいる。これは猪木の本音でもあり、猪木流パラドックスでもある。
この「今がチャンスだ」には、伏線として前回の3・15『GENOME8』(広島サンプラザホール)で、タッグマッチながら小川直也と高山善廣がド迫力の乱激戦を展開し、初めて猪木が「よしっ!」と及第点を与えたことから今大会へとつながる期待感もあるだろうし、もしかしたら噂される猪木の政界進出に関する意味合いも込められているのかもしれない。一方では、「今しかない」、「今を逃せばもうチャンスはない」という、いまだ続くマット界全体の不況に対して、檄を飛ばしているのではないだろうか。
ともかく、8.9当日、私は会場に足を運んだ。私の姿を見かけたIGF旗揚げからのスタッフは「あっ、『子殺し』の金沢さんじゃないですか!」と笑う。こちらも「猪木さんで商売させてもらいました」と切り返す。これもある意味では、猪木イズムだろうか? 昔から猪木という人物は、マスコミが何を書こうが絶対に“取材拒否”とか、そういう類の行動に出ることはない。「いちいち構っちゃいられない」のかもしれないが、つねに黙認なのである。なんでも他のスタッフによれば、IGFのオフィスでは、この『子殺し』を一冊購入して置いてあるという。猪木自身が目を通したかは定かではない。まあ、多忙な猪木のことだから話ぐらいは聞いていても、まず読んではいないだろう(笑)。猪木イズムとは、こういう太っ腹も指すのだ。
「プロレスとは闘いである」「そして、プロレスとは興行である」
肝心の試合だが、今大会は予想以上におもしろかった。ジョン・アンダ―センのデンジャスぶりは今後に期待を抱かせるし、真面目な武道家タカ・クノウとネクロ・ブッチャ―の超ミスマッチもおもしろい。ファン時代、猪木信者だったウルティモ・ドラゴンがひさしぶりに緊張の面持ちだったり、藤原組長は因縁の初代タイガーマスク相手にとても癌を患った人間とは思えない動きを披露した。
また、昨年度『プロレス大賞』の新人賞を受賞した際に物議を醸した澤田敦士は、怪物プレデタ―に敗れたものの、十分に生きの良さを見せつけている。ところが、やはりメインが問題だった。高山&ボブ・サップvs小川&ジョシュ・バーネット。メンバーだけを見れば豪華絢爛。しかし、本当の意味でプロレスができる男は高山だけ。それに加えて、このタッグ戦のテーマはIGFマットで野獣サップを復活させることにあったように思う。
高山vs小川はリング内外でひたすら殴り合いを展開し、その間にかつて師弟関係にありながら決別した遺恨をもつジョシュとサップの間で決着(ジョシュが裸絞めで勝利)がついた。決着のゴングが鳴った瞬間、館内から「エ―!?」という驚きの声と溜息がもれた。観客にとっても、不完全燃焼という感じ。
じつは、ここにIGFの抱えるテーマがあるのだと思う。有明コロシアムは6割程度の入り(6523人=主催者発表)だったが、堂々たる黒字興行だという。つまり、実券でチケットは売れているのだ。猪木の営業力によって、チケットはきっちりとさばかれている。ということは、チケットを購入しながら、足を運ばない客層がいるということ。たしかに、IGFの会場は独特の空気に包まれていて、明らかに一見さんやIGFにしか足を運ばない観客が半数近くを占めているように感じる。
たとえば、ウルティモ・ドラゴンの試合(vsタイガー・シャーク)に関していえば、通常のリングであればそれほど沸かない内容だったと思う。ウルティモ・ドラゴン自体、左腕の状態が悪く全力ファイトができないからだ。それでも、観客を沸かせられるのは、大舞台での経験豊富な彼の技量があるから。大きな器で、しかもマニア層ではない観客を相手にしたとき、こうすれば客席に届くという方法を知り抜いているのだ。
ところが、大いなる期待感を抱かせながら、メインは不完全燃焼。ここは一考の余地ありだろう。猪木お得意の“環状線の理論”からいくと、たしかにIGFは環状線の外側のファン層を取り込んでいる。しかし、反対に環状線の内側にいる層は少しばかり置き去りにされているように思う。とくに、IGFは飛び飛びの興行形態だから、連続ドラマを作るには間が開いてしまうのだ。
もしメインの試合をばらして、高山vs小川、ジョシュvsサップの二大シングルマッチを組んでいれば、おそらくマニア層も会場に足を運ばずにはいられないだろう。かつて、プロ転向を表明したばかりの小川に、猪木はプロレスをこう説いた。
「プロレスとは闘いである」
「そして、プロレスとは興行である」
この二つの要素を満たすためにも、出し惜しみなしのマッチメイクを打ち出してもらいたい。それを実践していかなければ、やはりいつまで経っても主役は猪木であって、『親離れ』は難しいと思うのだ。