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金沢“GK”克彦のこちらプロレス村役場ドットコム

1961年12月13日、北海道帯広市出身。青山学院大学卒業後、新大阪新聞社に入社。“I編集長”こと井上義啓氏のもとで『週刊ファイト』編集部でキャリアをスタート。その後、日本スポーツ出版社『週刊ゴング』編集部へ。99年から04年まで編集長を務める。05年に同社を退社。以後はフリーランスとして幅広く活躍中。テレビ朝日系『ワールドプロレスリング』やサムライTV等で解説を務めるほか、『kamipro』でも執筆。著書に『風になれ』(東邦出版)、『力説』(エンターブレイン)。通称GK(=ゴング金沢)。

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11月3日更新

中邑vs棚橋のイデオロギー闘争は、
敗者追放マッチか、異種格闘技戦か!?


一部ファンから浴びせられるサイモン氏へのブーイングと野次は凄まじかった


新日本プロレス『G1タッグリーグ』最終戦の11.1後楽園ホール大会で事件(?)は起こった。第3試合終了後にホール南側のリングサイド2列目にIGF軍団が陣取ったのだ。ジョシュ・バーネット、モンターニャ・シウバ、サイモン・ケリー・猪木氏、宇田川強エグゼクティブディレクター(以下、ED)の4名。また、少し離れた南側のオレンジ色の固定席には、GENOMEファイターのジョン・アンダ―センとエリック・ハマーも並んで座った。俄かにバックステージには緊張が走り、新日本の大会運営スタッフが菅林直樹社長のもとに事態の報告へと走った。

第4試合が終わり休憩に入ったところで、多数の報道陣が4名を囲み、さらにどっと観客も詰めかける。サイモン氏、宇田川EDによれば、「チケットはe+(イ―プラス)で買いました。ジョシュなんかが観たい試合があると言うので観に来ただけです」とのこと。そういえば、ジョシュは「変貌したイイヅカのことが気になる」などと、オタク感まる出しの発言もしていた。ジョシュの目的とは大ヒールに変貌した飯塚か、はたまた友人でもある永田裕志率いる青義軍なのか? それとも渦中の人、中邑真輔なのか?

例の中邑の猪木への挑戦宣言を受け、当初、IGFは11.3JCBホール大会のジョシュの対戦カードを空けて待つ姿勢をみせたこともある。だが、どうやらジョシュは純粋にいまの新日本を観たかっただけのようだ。報道陣が引き揚げると、多くのファンがジョシュを囲んで即席の記念撮影会がスタート。サイモン氏や宇田川氏に罵声を浴びせ掛けるファンはいても、なぜかジョシュには好意的。かつて新日本のフラッグを背負って総合マットに殴り込み、連戦連勝で期待に応えてくれたジョシュに対する思いはいまでも新日ファンの心に残っているのかもしれない。

ところが、その後の試合中に一部ファンから浴びせられるサイモン氏へのブーイングと野次は凄まじかった。

「サイモン、帰れ!」
「サイモン、勇気があるならリングに上がってみろ!」
「猪木を連れて来い!」
「サイモン、またぐなよ!」

って、いったいどっちなんだよ!? オイッ! しかしながら、なにもアクションはなく、飯塚がイスを手に場外を暴れ回る姿にジョシュは大喜びで、メインのG1タッグリーグ優勝決定戦(ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソンvs田口隆祐&プリンス・デヴィット)ではデヴィットの繰り出す大空中戦にジョシュもモンターニャもビックリの様子。激闘の末に、バーナード組が優勝を飾ると、パチパチパチと満足そうに2人は拍手を送っていた。

本来この業界において、事前交渉のない挑発、挑戦はあり得ない


結局、中邑の猪木挑戦問題のほうも、この日をもって終止符というムード。試合後の中邑は、「猪木さんがオチつけちゃったわけでしょ。闘えないなら行く必要ないし、だったら自分で時代を築いていくだけ」と事実上の終結宣言。一方、IGF側は翌2日の公式ホームページにおいて、「IWGPチャンピオンへ『ここが変だよ、中邑真輔』」というタイトルの見解を掲載した。そのなかで、「最初から猪木の名前なんか出さないで自分で時代を築けばいい。でも、他人の力を利用しようとした人に時代は築けない」とチクリ。明らかに前日の中邑発言を受けての回答である。まあ、これ以上いくと泥仕合になるだけだから、この攻防(舌戦)はもう終わりという感じ。

ただ、ひとつ言えることは、本来この業界において、事前交渉のない挑発、挑戦はあり得ないということ。その一線を超えるというのは、一般的に言うなら掟(ルール)破りであり、好意的に捉えるなら非常に勇気のある言動となる。今回の中邑発言が、この後になんの進展もなく立ち消えになったとしたら、それは勇気ある掟破りだったと解釈したい。噛みついた相手がアントニオ猪木だから、「猪木の常識は世間の非常識」と豪語する神であるから、それを逆手にとった行為として許される発言だろう。

ただ、それと同時に、新日本プロレスという組織にもシュートを仕掛けた中邑は、孤立するだろう。もともとマイぺースでそれほど選手同士ではつるまない中邑だが、孤立感はますます際立つと思う。もっとも、プロレスラーというのは個々の存在であり、それがプロレスの興行になった場合、自分が団体種目の一員であることもきちんと認識しなければならない。そこさえ外さなければ、孤高の一匹狼でいいと思う。

ともかく、「真ストロングスタイル」を掲げた中邑は、もうあとには退けないし、それを「ストロングスタイルの呪い」と一刀両断にした棚橋弘至も退けない立場に置かれた。奇しくも、1日深夜放送のテレビ朝日「Get Sports」の特集に登場した棚橋は、新日本道場に飾られていた猪木のパネルを外したのは自分であることを告白したうえで、「中邑がチャンピオンで、中邑のカラ―に染まった新日本のリングであれば、そこに自分の居場所はない」と言い切った。裏を返せば、「棚橋カラ―に染まった新日本のリングに中邑の居場所はない」という意味。まるでルーザ―・リーブズ・タウンマッチ(敗者追放試合)の様相。しかも、取ってつけたようなアングルから組まれた試合ではなく、ナチュラルに相容れることのない思想を持った両者による、必然が生んだイデオロギー闘争なのである。

「原点回帰のストロングスタイル復興」を目指す中邑と「新時代プロレスの確立」を謳う棚橋。05年の1.4東京ドーム大会のメインイベントで初シングル戦を行って以来、5年弱で10度目の対戦。その空気は、異種格闘技戦といった感もある。11.8両国大会のメインは、中邑vs棚橋戦史上、最高の大一番であることはもとより、新日本の未来をハッキリと左右する闘いが提示されることになるだろう。