6月23日更新

先週は三沢光晴さん、テッド・タナベさんの立て続けの訃報で悲しみに包まれたマット界。いまだそのショックは大きいが、今回は阿部タケシ氏に三沢さん、タナベさんの思い出を語ってもらいました。
聞き手/阿修羅チョロ
──今回はやはり、三沢光晴さんが亡くなったことについて触れないわけにはいけません。
阿部 そうですよねぇ……。先週はホントにごめんなさい。こちらの事情でこのコーナー飛ばしてしまいまして。
──いえいえ、新日本としても大会以外に、三沢さんの件もあったりして、いろいろと大変だったでしょうし。
阿部 ホントはこの連載も収録して、まとめていただいてたんですけど、ちょっと、はしゃいだ内容とかが載っちゃうと、亡くなられた直後だっただけに不謹慎かなと思って自粛させてもらったんですよ。
──三沢さんはプロレス界のビッグネームというだけではなく、新日本プロレスとしても、ここ数年、交流もあったわけですし、動揺も大きかったでしょうからね。
阿部 さすがに突然だったんで凄い動揺しましたねぇ。三沢さんが亡くなったノアの広島大会はウチの営業マンが観に行ってたんですよ。
──菅林(直樹)社長もおっしゃってましたね。
阿部 そこで、三沢さんが試合で倒れて起きられない状況だというのは直後に会社に一報が入って。そのあたりから、我々も「大丈夫かな」と凄く心配してたんですけど、午後10時半ぐらいに「お亡くなりになった」って連絡があって……。いや〜、もう言葉にならなかったですよね。
──その気持ちは非常によくわかります。
阿部 「どうすればいいのかなぁ、僕らは」っていうところからいろいろと考えたんですけど、ノアさんサイドとも遅い時間になって連絡が取れ、亡くなった翌日に「スーパーJr」の決勝戦が後楽園でありましたからね。
──ノアからは菊地毅選手と青木篤志選手が参戦してましたからね。
阿部 そうなんですよ。ウチとしてどういうスタンスで取り組んだらいいのかっていうのもいろいろと考えましたね。でも、菊地選手も青木選手も気丈に振る舞っていらっしゃいましたし、ホントに精神的に大変だったとは思いますけど、素晴らしい試合をやってくださって、感謝の言葉しかないですね。
──阿部さん自身は三沢さんとは接点はあったんですか?
阿部 僕は昨年12月の1.4ドームへの参戦発表会見のときと、1月3日の前日会見のときにご挨拶をさせていただいた程度で。それと、ユークスでゲームを作ったときも、お話をする機会があったんですけど、非常にこういってはなんですけど、リング上で闘っているときの激しさと、リングを降りたときの緩さっていう、このギャップが非常に僕も接してみて驚いたぐらいでしたね。もっとピリピリした方なのかなぁと思いきや、ピリピリしてるこっちを逆に和ましてくれるような感じで(笑)。
──三沢さんといえば、下ネタを中心としたぶっちゃけトークにも定評がありましたからね(笑)。
阿部 そうですよね(笑)。
──よく言われることではありますけど、三沢さんのことを悪く言う人ってホントにいなかったですし。
阿部 ホントにそうなんですよね。そういう意味では、ホントに懐の深い方だったなぁっていうのは随所に感じられる部分が多々あったんでね。記者会見とかの段取りとかの説明をしても、正直な話、聞いてんだか聞いてないんだかよくわかんなかったんだけど(笑)、いざ会見が始まったらキッチリとやってくださるような方で。でも、東京ドームに上がっていただいたっていうのが、僕らにとっては何よりも嬉しいことでありましたし、逆に中邑(真輔)と後藤(洋央紀)に対して激しい試合をやってくれたっていうのもホントにありがたい話ですよねぇ……(しみじみと)。
──いまになって考えるとホントにそうですよね。
阿部 中邑と後藤も、あの一戦があったからこそ得られた部分も必ずあったと思うんで。あの世代で三沢さんのエルボーをガッチリ食らった選手はウチではあまりいないと思うし、三沢さんにはプロレスラーらしい懐の深さを見せていただいて感謝の言葉しかありませんね。
──現時点では、混乱してるところもあると思うんですが、ノアとの交流は今後も続いていくわけですよね?
阿部 もちろんです。三沢さんが亡くなられたわけですけど、ノアさんとの交流は変わらず続けていきたいっていうのはありますね。ノアさんのレスラーもウチの選手とやっていきたいっていう選手も多いでしょうし、逆に僕らのほうも向こうのリングに上がる覚悟もありますから。そこの部分は何も変わらないですね。
──新日本とは直接は接点はなかったかもしれないですけど、大阪プロレスのテッド・タナベレフェリーもお亡くなりになられてしまって。
阿部 悲しい出来事が続いてしまいましたよね。テッドさんには、レッスルランドで何度かレフェリングしていただいたんですよ。
──あ、そうでしたか。
阿部 つぼ原人vs愚乱・浪花の試合とか裁いてくださって。僕もそのときにはいろいろとお話しする機会があったんですけど、テッドさんは「僕でよければ、いつでも協力するんで、困ったことがあったら連絡ください」って言ってくださってたんですよね。会場でお会いしたときにはご挨拶もさせていただきましたし……。でも、ちょっと、なんかねぇ……(言葉に詰まる)。

──三沢さんとテッドさん、立て続けでしたからね。
阿部 ホントそうですよね。山本小鉄さんが三沢さんが亡くなってから「ああいう事故が起こったら必ず連鎖するから、体調管理だけはしっかり整えておくように」って選手に訓辞があったんですけど、すぐあとにテッドさんがああいうことになってしまって……。まあでも、僕らができることっていうのは、プロレスに邁進していくのが三沢さんやテッドさんへの餞だと思うし、これからもしっかりとぶれることなく新日本のプロレスをやっていけば、天国で喜んでいただけると思うんで、僕らは僕らなりのプロレスをやっていきますよ。
──今後の新日本プロレスも期待しております。
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三沢光晴さん、テッド・タナベさんの死を受け、新日本はどうする!?

先週は三沢光晴さん、テッド・タナベさんの立て続けの訃報で悲しみに包まれたマット界。いまだそのショックは大きいが、今回は阿部タケシ氏に三沢さん、タナベさんの思い出を語ってもらいました。
聞き手/阿修羅チョロ
三沢さんにはホントに感謝の言葉しかないです
──今回はやはり、三沢光晴さんが亡くなったことについて触れないわけにはいけません。
阿部 そうですよねぇ……。先週はホントにごめんなさい。こちらの事情でこのコーナー飛ばしてしまいまして。
──いえいえ、新日本としても大会以外に、三沢さんの件もあったりして、いろいろと大変だったでしょうし。
阿部 ホントはこの連載も収録して、まとめていただいてたんですけど、ちょっと、はしゃいだ内容とかが載っちゃうと、亡くなられた直後だっただけに不謹慎かなと思って自粛させてもらったんですよ。
──三沢さんはプロレス界のビッグネームというだけではなく、新日本プロレスとしても、ここ数年、交流もあったわけですし、動揺も大きかったでしょうからね。
阿部 さすがに突然だったんで凄い動揺しましたねぇ。三沢さんが亡くなったノアの広島大会はウチの営業マンが観に行ってたんですよ。
──菅林(直樹)社長もおっしゃってましたね。
阿部 そこで、三沢さんが試合で倒れて起きられない状況だというのは直後に会社に一報が入って。そのあたりから、我々も「大丈夫かな」と凄く心配してたんですけど、午後10時半ぐらいに「お亡くなりになった」って連絡があって……。いや〜、もう言葉にならなかったですよね。
──その気持ちは非常によくわかります。
阿部 「どうすればいいのかなぁ、僕らは」っていうところからいろいろと考えたんですけど、ノアさんサイドとも遅い時間になって連絡が取れ、亡くなった翌日に「スーパーJr」の決勝戦が後楽園でありましたからね。
──ノアからは菊地毅選手と青木篤志選手が参戦してましたからね。
阿部 そうなんですよ。ウチとしてどういうスタンスで取り組んだらいいのかっていうのもいろいろと考えましたね。でも、菊地選手も青木選手も気丈に振る舞っていらっしゃいましたし、ホントに精神的に大変だったとは思いますけど、素晴らしい試合をやってくださって、感謝の言葉しかないですね。
──阿部さん自身は三沢さんとは接点はあったんですか?
阿部 僕は昨年12月の1.4ドームへの参戦発表会見のときと、1月3日の前日会見のときにご挨拶をさせていただいた程度で。それと、ユークスでゲームを作ったときも、お話をする機会があったんですけど、非常にこういってはなんですけど、リング上で闘っているときの激しさと、リングを降りたときの緩さっていう、このギャップが非常に僕も接してみて驚いたぐらいでしたね。もっとピリピリした方なのかなぁと思いきや、ピリピリしてるこっちを逆に和ましてくれるような感じで(笑)。
──三沢さんといえば、下ネタを中心としたぶっちゃけトークにも定評がありましたからね(笑)。
阿部 そうですよね(笑)。
──よく言われることではありますけど、三沢さんのことを悪く言う人ってホントにいなかったですし。
阿部 ホントにそうなんですよね。そういう意味では、ホントに懐の深い方だったなぁっていうのは随所に感じられる部分が多々あったんでね。記者会見とかの段取りとかの説明をしても、正直な話、聞いてんだか聞いてないんだかよくわかんなかったんだけど(笑)、いざ会見が始まったらキッチリとやってくださるような方で。でも、東京ドームに上がっていただいたっていうのが、僕らにとっては何よりも嬉しいことでありましたし、逆に中邑(真輔)と後藤(洋央紀)に対して激しい試合をやってくれたっていうのもホントにありがたい話ですよねぇ……(しみじみと)。
──いまになって考えるとホントにそうですよね。
阿部 中邑と後藤も、あの一戦があったからこそ得られた部分も必ずあったと思うんで。あの世代で三沢さんのエルボーをガッチリ食らった選手はウチではあまりいないと思うし、三沢さんにはプロレスラーらしい懐の深さを見せていただいて感謝の言葉しかありませんね。
──現時点では、混乱してるところもあると思うんですが、ノアとの交流は今後も続いていくわけですよね?
阿部 もちろんです。三沢さんが亡くなられたわけですけど、ノアさんとの交流は変わらず続けていきたいっていうのはありますね。ノアさんのレスラーもウチの選手とやっていきたいっていう選手も多いでしょうし、逆に僕らのほうも向こうのリングに上がる覚悟もありますから。そこの部分は何も変わらないですね。
プロレスに邁進していくのが三沢さんやテッドさんへの餞だと思います
──新日本とは直接は接点はなかったかもしれないですけど、大阪プロレスのテッド・タナベレフェリーもお亡くなりになられてしまって。
阿部 悲しい出来事が続いてしまいましたよね。テッドさんには、レッスルランドで何度かレフェリングしていただいたんですよ。
──あ、そうでしたか。
阿部 つぼ原人vs愚乱・浪花の試合とか裁いてくださって。僕もそのときにはいろいろとお話しする機会があったんですけど、テッドさんは「僕でよければ、いつでも協力するんで、困ったことがあったら連絡ください」って言ってくださってたんですよね。会場でお会いしたときにはご挨拶もさせていただきましたし……。でも、ちょっと、なんかねぇ……(言葉に詰まる)。

──三沢さんとテッドさん、立て続けでしたからね。
阿部 ホントそうですよね。山本小鉄さんが三沢さんが亡くなってから「ああいう事故が起こったら必ず連鎖するから、体調管理だけはしっかり整えておくように」って選手に訓辞があったんですけど、すぐあとにテッドさんがああいうことになってしまって……。まあでも、僕らができることっていうのは、プロレスに邁進していくのが三沢さんやテッドさんへの餞だと思うし、これからもしっかりとぶれることなく新日本のプロレスをやっていけば、天国で喜んでいただけると思うんで、僕らは僕らなりのプロレスをやっていきますよ。
──今後の新日本プロレスも期待しております。
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